【7限目】気持ちを表現する北海道弁[形容詞]
人間は、自分の心情を多様な方法で表現して、相手に伝えようとしますよね。表情や仕草、行動で伝えることもあれば、歌ったり踊ったり絵を描いたりして伝えることもあります。そして、言葉は人気なツールの一つです。
心情を表現する言葉を用いることで、相手にダイレクトに伝えられます。しかし、言葉で心情が伝わるには、条件があります。両者間で、その言葉が共通の認識であることが条件の一つです。気持ちを表現するために言葉を用いるのに、その言葉に含まれる心情を別の言葉で表現するのは非常に難しいことです。
今回ご紹介する言葉は、習得すれば非常に便利ですが、語感を掴むまでが難しい、そんな言葉たちです。
では、道産子の心の中を覗きに行ってみましょう。
【おっかない】恐ろしい 怖い
北海道だけではなく東日本で広く使われているようです。内地(4限目【内地】参照)でも通じてしまう方言はまさか方言とは思わないので、実は方言だったと知るとドキッとします。
この方言を使う地域の小学生は一度は口にしたことがある常套句、
「お金はおっかねぇ〜」
いやぁ、事実ですよね…。
あの紙切れとインクに振り回されてしまう人間たちといったら…サバンナのライオンさんも、北海道のヒグマさんもビックリでしょう。
【こわい】疲れた
【おっかない】続きだと誰もが「怖い」だと思いますよね。「怖い」は【おっかない】で【こわい】は「疲れた」。ややこしいったらありゃしない。
「膝がこわい」「腰がこわい」「なんかこわい」「あ〜こわいこわい」
誰も怯えちゃいませんので、ご安心を。
勿論、共通語の「怖い」の意味もあります。「疲れた」と差別化するためにも、「怖い」は【おっかない】と言うんです。
【ゆるくない】つらい 楽じゃない
別にズボンのゴム紐伸びきっちゃいませんよ?
「きつい」「つらい」はネガティブな気持ちがストレートに入りますが、【ゆるくない】はどこか奥ゆかしさがあるように感じます。
「朝からずっと雪投げ(※1)、ゆるくないねぇ〜」(※1 【雪投げ】除雪の意)
「ただキツイ」で終わらせず、「大変だけど頑張ろう」という開拓者たちの励ましあう姿が透けて見えるのは、私がエスパーの上級者だからでしょうか。
不思議と、肯定形の「ゆるい」という言葉は使われず、否定形の【ゆるくない】で使われる言葉です。
【いずい】都合が悪い 違和感がある
難易度高めの言葉です。
ムズムズ、モゾモゾ、モヤモヤ…何か決定的な問題の確信をもっているわけではないが、不満や不快感があるもどかしさのことです。
最頻出使用シーンはこちら。
「目にゴミが入っていずいわぁ」
目が痛くてどうしようもないわけではない、目を開けて見ようと思えば見えるけど、どこか違和感がある。
また、
「スキー靴の中で靴下がたごま(※2)さって(※3)、いずいわぁ」(※2 【たごまる】この場合は半分脱げてつま先でぐちゃっとなってる状態の意味 ※3 1限目【動詞+さる】を参照)
「いずいの説明難しくていずいわぁ」
のように使用します。
もともと「恐ろしい」という意味の「えずい」から転じたと言われます。「えずい」は、方言として今も各地に残っています。「言葉は生き物」とは良く言ったものです。生き物の進化のように形を変え意味を変え、そして時にはそのままの形を留め、実に神秘的です。
【あずましい】落ち着く
これまた難易度高めの言葉です。
居心地が良く、安心感があり、ストレスなく快適な環境にいると漏れ出る言葉です。
relaxでcomfortableな感じです。
概ね【いずい】とは反対の語感です。しかし、あくまでも反対語は【あずましくない】です。【いずい】は状態に対して、【あずましくない】は環境に対して用いられることが多いです。
そして、不思議と、肯定形よりも否定形の【あずましくない】の方がよく使われます。
「立食パーティーは、ほ〜んとあずましくない。しっかり食べられないべさ。」
まぁ、しっかり食べるための場所じゃないんですけどね。
【わや(わやくちゃ)】どうしようもない状態 混乱した状態
ざっくり言うと「やばい」です。
【わや】は、【わやくちゃ】の短縮形で、「くちゃ」は滅茶苦茶・無茶苦茶の「苦茶」です。複数品詞を持つため、多様なシーンで豊富に使用されます。
◇名詞 わや
「事故ってバイクがわやになった」
◇形容動詞 わやだ
「今朝の雪はわやだわ」
◇形容詞 わや
「あいつの部屋行ったんだけど、部屋の中がもうわや」
「わや!」のように、単独でも使います。
◇副詞 わや
「汽車(※4)がわや混んでる」(※4 4限目【汽車】参照)
副詞用法の場合は、「とても」という意味になります。「とても」の北海道弁は、【なまら】が有名ですが、【わや】は【なまら】よりも混み合った車内の無秩序感を表現することができます。【わや】は「やばい」、【なまら】は「すごい」のような感じです…笑
この言葉は、江戸時代に、関西から関門海峡を抜けて日本海回りで北海道にやってきた北前船が運んできたと言われます。積荷は商品だけではなかったということですね。
そして、もともとは、否定的・悲観的な意味の用法ですが、意味が拡張され肯定的に用いられることもあります。
「わや美味しい」「わやうける」
喜怒哀楽だいたい「わや!」でいけます。「やば!」と同じですね。
番外編ですが、「無茶苦茶」と「滅茶苦茶」の違い、考えたことありますか?
意味や用法に共通点は多いですが、あえて挙げるなら、「無茶苦茶」は原因に対して、「滅茶苦茶」は結果に対して、用いることでしょうか。
「お父さんの無茶苦茶な運転で旅行が滅茶苦茶になった」
これは自然ですね。
「お父さんの滅茶苦茶な運転で旅行が無茶苦茶になった」
少し違和感がありますよね。はい、いずいですよね。
ちなみに、【わや(わやくちゃ)】は結果に対して使われることが多いように感じます。
「お父さんの無茶苦茶な運転で旅行がわやだっけさ」
お父さんのドライビングテクニックが家族の市民権を得る日はもう少し先のようです。
道産子の心の中、少し覗き見れましたか?
7限目はここまでです。
次の授業でお会いしましょう!
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